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☆☆名前は 還暦小僧☆☆
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エアコンを止めると、たちまちのうちに蒸してきます。
エアコンを26度から27度へ調整してみますが、寒くて・・トイレに起きます。 小僧が寝た後すぐの様子です。 規則正しい生活時間を心がけていますので、就寝時間は11時なのです。 かといって「正しい生活」をしているのか、と聞かれますと・・・・、 ブログが面白くなくなりますので、変化のある生活を意識しております、はい。。 ともかく季節の変わり目なもんですから、工場の従業員の中にも 鼻をしゅんしゅん言わせている人を多く見受ける日々です。 エアコンを止めて汗をかきかき眠るようにしている日もあれば、 たまらずにエアコンをつけて丸まってしゅんしゅんの日もあるのですから、 体調がなかなか整いません。 起きだして本を読みますと、さらに時間がずれ込みます。 昨夜は、司馬慮太郎の「俄」を読み始めたんですが、 読書の秋ならまだしものこと、蒸し暑く寒い状況対策の読書ですから、 焼酎も減ることになります。 今日の午前中は、ほとんど死人同然の小僧でありました。 昼飯時間に向かいのお姉さんが「トムヤムクンどうぞ」と辛いスープを 勧めてくれましたので、胃から頭へ目覚まし信号を送ることができました。 フィクションあり、ノンフィクションありのブログでございます。 ええんかいな、こんなやつと思われるかもしれませんが、 根は性格真っ当、誠実が服を着て歩いていると言われた こ と は ありませんが、悪人ではないのです。 くしゅんくしゅん! 今晩はにんじんとねぎの鍋アラカルトにしよう! ![]() 今朝、どどーっと雨が降りました。 季節の変わり目に入ったようで、歓迎したくない酷暑の夏が そろそろやってくるようです。 しかし日本の凍てつく寒さを思うと、贅沢は言えません。 寒さが和らぐように、バンコクの写真をお届けします。 スキップ公園は年中、花が咲き鳥が鳴き虫がはいずりそして オジンがスキップしています。 ![]() やがて訪れる猛暑の中でも、ウォーキングする人たちがたくさん います。ホットパンツのシーズンなんです! ![]()
どうやら気象の変化が激しいようです。
日本列島は寒気団の強襲で、外出もままならないのではありませんか。 日本がおかしければ、タイでもおかしいのでありまして、 先週初めの3日間は、突発的な蒸し暑さが、そして後半は太陽が 照り付けます。 タイでも外出はままならず、小僧の水曜日は病欠そして金曜日は 夏休みとしてしまい、部屋に閉じこもって冷蔵庫にあるだけの食料を さらえてしまいました。 焼酎の買い置きがあったのは幸いでありました。 小僧の勤める工場では、1年間の病欠は30日間と認められています。 そして有給休暇は「夏休み」と呼ばれます。 金曜日も病欠ではありますが、過去の勤め人DNAが病欠を潔しとしません。 ですから、金曜日は「夏休み」になっております。 東京にいる女房は毎日ではありませんが仕事をしています。 電話をしまして、『寒いから、夏休みを使ったほうがいいよ!』 やさしいだんなだと思ったでしょうね・・・ 『??なに言ってんの!』 病欠と夏休みの間に、文庫本を読み続けました。 浅田次郎、宮部みゆきそして司馬遼太郎の順です。 浅田の金ぴかでお笑いを堪能し、みゆきさんの推理小説でわくわくし、 司馬りょうの歴史もので、ふむふむとうなづき。 焼酎もなくなるわけです。それぞれに2回読み返す値打ちがあります! ほんとうに読み返しましたがな。。 司馬遼太郎、ふむふむの面白さはこのようなことです。 江戸時代の寺子屋にて 『 子のたまわく・・・ 』 と子供が音読します。 ちゃんばら映画には必ずこのシーンがあります。 この論語こそ、儒教の教えの中でも日本の礼儀習慣に取り入れられ、 今風に言いますと、しつけのベースになるような長幼の順や武士は食わねど ・・・・の我慢精神などへとつながっているようです。 ですから、儒教というのは今でこそ学問としてのみ存在しているのですが 当時の日本では正しい生活習慣、礼儀には欠かせない良い思想であった・・・。 今の日本人にとっても、悪いものではなくよい昔話なのですよね。 儒教の起こりは紀元前の中国にあって、実は中国の皇帝支配を理論付ける 思想であったとか。皇帝支配を維持するには官僚組織が必要であり科挙の制度 などがあった。当然ながら、人民から搾取あるいは収奪(同じか!)した租税 は皇帝を頂点とする官僚によって、賄い料として剥奪されて社会維持のために 使われる金額は残らなかった・・・・。つまり、儒教は悪い思想なんです。 こりゃ、面白い話です。 すなわち、今も堂々と行われているアジア地域での政治家や官僚による 汚職の原点はここにあり、権力者が租税から自分の賄い分を言葉通りに 天引きするという習慣は、儒教思想から出でている・・・。 日本へ伝わったのは儒教という思想ではなく、学習図書である論語であって、 日本人は特異な理解をしていたことになります。 日本では明治維新や廃藩置県などで封建制度が内から壊されましたが、 中国では皇帝による専制制度があまりに長く続き、これを壊して 資本主義に移行すれば・・・、ところがアジアの人の認識は 資本主義=汚職主義なのだそうです。 このあたりが、どうやら島国の日本だけが解釈の取り違えをしていたのかも しれませんが、資本主義=汚職主義なのか自由主義なのか、いずれが 正しいかはさておき、時の中国では西洋の植民地になるなどは願い下げ、 されどといって皇帝専制のあとに資本主義=汚職主義では、世の中が 変わることにはならない。 毛沢東が選んだのは、汚職絶滅の共産主義であったのでは。 こりゃ、面白い。 紅衛兵による文化大革命は、知識階級の弾圧でしたが、中国の内から 見た知識とはすなわち「儒教」であったようです。 儒教=汚職撲滅のはずが、ずいぶんと歪んだ方向へ行ってしまったのは 中国のヒステリー現象で・・・ヒステリー現象では日本もいろいろありますが。 こりゃ、面白い。 焼酎がなくならないように注意しつつ、今晩も読み返します。 焼酎を飲みながら司馬りょうを読んでいますので、小僧の誤理解も 多々ありそうです。しかし、こりゃ面白い。。
広島から岡山に移動した団長は、小僧と同い年ながら、
現役でばりばりやっているのは、なんともうらやましい限りです。 岡山ではきび団子をもらう方ではなく、あげる方をやっていくのですから、 おいしいきび団子を作って、趣味の俳句にひねりを加えることはあっても、 仕事でひねられないよう、最後のお勤めを全うしてください。 話はまったく変わります。しかし内容は「ひねり」の話なんです。 昨日、本年初めてのゴルフに出かけてきました。昨年末より、スイング改造に 取り組み、身体の捻転つまりヒネリ方戻し方に工夫をこらすべく、素振りをしております。 いつもとは少し違った感じで、スタートホールに立ったと思し召せ。 宿願の第一打。 体重が かかとに残って キャディー 『 パーッ 』 練習通りに身体の捻転はできましたが、なにせ一度に2つを考えられない。 両足の親指あたりに体重を感じなければいけないのにもかかわらず、左足 かかとに体重がのってしまいました。 ボールの行方、こういう場合はほとんどの場合、右へのスライスとなります。 あいにくボールの行く先には赤いシャツを着た隣コースのプレーヤーが 居るではありませんか。 赤であれなんであれ、飛び出したボールは止まらないどころか、赤い服に 向かっていくのは・・・・ボッキャ知らない! さすがにキャディーは商売ですから、大声で 『 パーッ 』 聞けばこのキャディー、風邪をひいているとか。 ごめんなさい。 明日は休みなさい。 このホール、ロングのパー5ですが、あがれば7のダブルボギー。 『 パーッ 』 の2点が余分です。 このホールを終えたとき、なぜか俳句をひねる団長のことがよぎりました。 季語に気兼ねをせずば川柳、川柳ならできるであろう。 「ゴルフ川柳LIVE」 をやろう、と思いついてしまったのです。 その時の心境を川柳にたくせばスイング改造+意識改革にもなろう。 身体だけでなく、頭もひねろう五七五。ゴルフ上達の還暦バージョン誕生! 第2ホールの第一打 体重を 前に預けて ショットキレ ショットが切れれば、まっすぐ飛ぶのは当然ですね。 フェアウエイからの第2打はそれなりにまとまり、みごとパーであったのは 前のホールの教訓を生かし、ポイントを一つずつ足し算した結果でした。 第3ホールの第一打 利き腕の 脇はあまくて 玉にがし バックスイングでは右腕を折りたたむようにし、脇が甘くならぬように しなければ、ダウンスイングが鋭角になりませんね。 ボールの横っ面をはたかねばならないのですが、脇が甘いと ボールの頭を叩きトップさせてしまい苦渋をなめる結果になります。 第一打の失敗を取り戻そうと欲をかいて・・・・苦渋を拡げます。 ボール(玉)を打ちそこない逃がし(苦し)結果のダブルボギーでありました。 第4ホールより・・・・・・この後は前進するだけに全能を使わねばならない羽目になりまして、 川柳はここでギブアップ。ゴルフの方はなんとか腰をさすりさすりですが18ホールを やり終えましたがな。天城越えにはならず、2012年の初打ちはほどよくよかったのでは、 とたった今隣のマッサージ店から戻り、身体の別な箇所をさすりながらブログを投稿しております。
正月早々、このような話題は好ましからぬのですが、しかし現実問題として
わたくし自身が向き合っております事態なので、コメン亭太郎・コメン亭花子さんそして ご同輩各位のご意見をば頂こうとの算段です。 工場からの帰りはバンナートラッド通りという片側5車線の広い道の反対側、即ち 小僧の住まいますアパートの反対側でバスを降ります。片側5車線であるにもかかわらず 時折は7車線になっておりますのは、タイ人の鷹揚さでしょうか。 とにかく広島に在ります100メートル道路にも負けないこの広い道路を渡るには、 歩道橋(サパーン・ローイ)を利用します。 問題なのはこの歩道橋の階段幅です。およそ1.2メートル幅しかないのですから、 上り下りも一列縦隊でなければ無理です。 そして概ねこの列が一列渋滞なのです。記憶の中では最長記録は100メートル超、 階段下に達するまでに10分は小股前進をしなければなりません。 さらに階段の途中には、必ずといってよいほどビラ配りのお姉さんかあんちゃんがおります。 心優しい(チャイ・ディー)わたくし小僧は、お姉さんを許しはできますが、あんちゃんは・・・。 (責任者 出て来い!) 歩道橋の上はさすがに立派で、片側を2列で歩いてもお釣りがくるほど広くなっています。 しかし、階段が------なので----設計ミスですね。 この歩道橋の上が比較的空いていることに目をつけた輩がおりまして、端から端まで、 違法な物売り商人によっておよそ3メートルはある橋幅の三分の二が市場となっております。 (責任者 出て来んさい!) わたくし1950年生まれでして、幼稚園の送り迎えしてくれる母親から、常々言われて おりましたのは、 「 よそ見して歩いてはだめですよ。 」 幼稚園では、たしか礼子先生でしたが 「 行進は前の人について、隙間をあけないように 」 などと、しつけられていましたので、いまだにバンコクを歩く時ですらしっかり前を向いて 前を行く人との距離を測りつつ手を振りあげて歩いております。 タイ人は余裕がありますね。 まっすぐ前を向いて歩く人なんぞ皆無です。 歩道橋の上ですら、縁日の屋台よろしく覗き込みながら、時には 立ち止まり品を手にとっております。悠然と座り込んででかい尻なんぞを通路一杯に・・・。 (責任者 おんどりゃぁ・・・ 出て来さらせ! ) 還暦小僧を名乗っているくらいですからして、いずれは還暦和尚に格上げを期している のでもありますから、この程度のことで声を荒げたりはしません。 しかし今日の渋滞原因、歩道橋の上で10人ほど前でその前との空間がどんどん開いて いくではありませんか。もしや身体の不自由な方であれば、荷物でもお持ちして・・・、 茶髪のサンダル履きの若い娘が、携帯電話を耳に当てながらちんたらちんたら。。 茶髪が悪いとはいいません。わたくしも髪を黒くそめていましたし、バンコクでは一時茶髪。 サンダルが悪いとはいいません。わたくしも平素はサンダル履きですから。 あやうく歩道橋を駆けだしそうになったのは、なんでかなぁ。 歳をとれば気が長くなる。 いいや、気が短くなる。 それより髪が薄くなる。 一体全体、かような精神状態が続くと怒りん坊の嫌われ小僧になるのではと、 考えてみたり、それはそれで間違っておらぬのだから還暦怒りん坊でも よいではないかと、慰め自戒してみたりしております。 ここまでお読みいただいた方、きっと同じような思いをされたことがあるのではないですか。 幸せな高齢者そして花の後期高齢者と呼ばれるためには、どうすればいいのでしょうか。 願わくば、コメン亭太郎、花子さんのコメントをお待ちする次第です。
ごく少数の方を対象にした広報、
----このような場合は広報とはいわず、私的報なのかもしれませんが。 ----------------------------------------------------------------------- 謹告 主旨----- かつて、K社学習机関連の製造にタッチした方で、伊勢湾近辺での 親睦ゴルフに参加した方、そうなんです、あなたへのお知らせです。 来る4月14(土曜)、15(日曜)の2日間、「もう、ほとぼり冷めたやろうゴルフ親睦会」 なるコンペを開催します。人によっては「ほとぼり冷めたやろ」の内容が異なりますが、 10年一昔と申します。10年前に戻ってはしゃぎましょう! はっきり言って、2022年すなわち10年もすれば身体が動きません。 現世での存在すら確約できないのですから。 ・場所 タイランド パタヤ ・日程 4月13日(金曜) 我々向きの縁起の良い日柄なので、 前夜祭でパタヤを占領 4月14日(土曜) バンプラゴルフクラブ 4月15日(日曜) バンパコン・ロイヤルレークサイドゴルフクラブ 4月16日(月曜) 表彰式・親睦会 後 解散 ・出席資格 主旨に合致される方 ・申し込期日 1月末日 日程表などの詳細は2月上旬に発送します。 ・申し込方法 メールにて nitamasa714@yahoo.co.jp 以上 個人掲示板よりのお知らせです
昨年末に日本へもどり、わずか数日で皮膚の乾燥・くちびるの乾燥たらこ症状に
なってしまい、バンコクへ帰り着いた6日から4日目の今日にして、ようやくのこと たらことはおさらばです。 短期の里帰りをしてきました。 バンコクの空気(湿度芳じゅん感)が、こんなに良いとは思っていませんでした。 それも今だけのことで、3月に入れば猛暑になり・・・・、日本恋しい・・・・ですが。 しばらくぶりのブログ投稿になりましたのは、日本での日々の愉快さ楽しさのおかげで ありまして、寒い中を出かけていました値打ちがありました。 甥っ子から初めてのお土産をもらったり、ほぼ40年ぶりの再会があったり、 キッチンの清掃をさせていただいたり?、楽しい日々でありました。 清掃といえば、本日の工場メンバーの5S研修会で「書初め」の習慣を説明し、 わたくしの書初めと称して毛筆の 「楽しい5S」 を披露しました。 ・書初めの意図は どうやら昨年の後半あたりから、5S得点が足踏みしている。 (実際に足踏みして見せましたら、笑いながらうなづいておりました) リーダーだけでなく、大勢の従業員も積極的に5S活動をしよう。 面白くなければ、だれも5Sなんぞしない、だから・・・。 などと話をしまして、 「 さて、これから各部署ごとに書初めをしてもらいます。 部門ごとに 相談して、できたところから、ここにあるホワイトボードに書いてちょうだい!」 代表的な書初め ・積極的に改善活動をして昨年よりもすばらしい状態にする ・みんなの意識を変えて、職場を良くする ・意識の高まりによって良い成果を目指す なかなかりっぱな書初めでありまして、わたくしが 「 チンロー 」 ほんとうか? と言いますと、 『 センセーのは デックデック 』 子供やんか! 言い返したわたくしは 「 書初めは、短いのがいいのだ! 」 2012年、タイ暦では2555年は、個人的には良い年になると予感します。 世界の大国ではトップの選挙があるため政治的な変動があるかもしれないし、 世界同時の経済変動が波動してやってくるようですから、油断禁物の年です。 しかし、わたくしの狭い範囲では「良い年」になるのです。 もちろん、小僧自らは楽園に住まうがごとき生活をおくることになるのです。 昨年、なでしこジャパンの活躍に 「 元気をもらいました 」 と言ったのは 大震災の被災者の方々だけではありませんでした。 日本を 「 元気にしたい 」 と頑張ったのは、 なでしこジャパンだけではありませんでした。 2012年を良い年にするため、「 自分を元気にしましょう! 」 と頑張ります。 今年の元旦の計はこのような按配です。 皆様も良い年になさってください。
今年も残すところ数日です。
還暦小僧 改め木枯紋次郎としては・・・ 『 昨日は知らない ♪ 今日は一人旅 ♪ 』 なので、大晦日なんぞも知らない! しかし、工場では29日が Big Cleaning Day と決まり、どんな手順がよいか 「簡潔に説明せよ!」との指示をいただいておりまして、・・・知らないとは言えない! ついこの前まで、テレビではビッグバック(大型の土のう)が話題になり、 今はビッグクリーニングでビッグバックを取り除け! 巷で騒いでおります。。 この際ですから、還暦小僧も我が足跡を見つめなおす・・・・・、のではなく、 問題のありそうな足跡を消すに越したことはないので、大掃除します。 大掃除が無事オワリ、心の平安が戻りますことを祈願して、 この間出かけましたナコンパトムの美術編を用意いたしました。 小僧と同じ想いのご仁は、ごいっしょに祈願いたしましょう・・・。 スさん、あなたもごいっしょに どうぞ。
この街の東のはずれにA社の委託工場がありました。
非常勤で仕事をしていましたのは、4年前までのおよそ1年間。 週に数日出勤する場合は付近のアパートへ泊まり、 休みの日にはプールで泳いだことを思い出します。 バンコクとは違って田舎にしかない匂いと風景を、気に入っておりました。 工場閉鎖の後、数ヶ月して今の工場へ勤めることになりましたのも成り行きとしては 還暦小僧にラッキーでした。 仕事内容もまったく変わり多少の苦労もありましたが、 なによりも大勢のタイ人と職場を共有する楽しさがあります。 にもかかわらず、タイ語がうまくならない、遅々として進まない・・・・少しはましかな。 少しましになったんでしょう、この街へ観光に来ることができるんですから。 還暦を過ぎはや1年、プラパトムチェディー(世界最大の仏塔)で有名なこの街では、 坊様の足はもっぱらモーターサイ。 小僧も疲れればモーターサイなのです。 車も少なくすいすい走るので、モーターサイはいいですね。 仏塔から真西へ約1キロ半のところに夏の宮殿があります。 ラーマ5世が避暑地として過ごされたところです。(現王様は9世) この公園は人工公園ではありますが、手入れもほどほどで自然にまかすような ところもあるようで、現在の様子は心が和む公園になっています。 弁当持参で数日過ごすのもいいですね。 来年の4月、水掛祭りのおりにはバンコクを脱出してサービスアパート宿泊、 手弁当で公園満喫も具合がよさそうです。 街中でうろうろするばかりでは唯の風来坊です。(実体はそのような者ですが・・・) 本来の目的地である仏塔プラパトムチェディーに参りました。 日本の社寺の管内に入りますと、どこかピーンと張り詰めた雰囲気と深閑さを 感じることがありますが、こちらの国にはそのような空気がありません。 たとえて比較すれば、 日本の飯は酢飯、すなわち寿司に使うようなぴしっと締まった飯です。 タイの飯は、赤飯に使うもち米にココナッツミルクをかけたおやつ風味の飯なのです。 仏塔の中庭に集う人々の様子を見るともなく見たり、聞くともなくお経を耳にしたり。 これぞ還暦小僧のお寺参りスタイルなのです。(早く言えば信心がうすいんだわなぁ) ブログは長く続けるのがいい、という話も聞きませんし、ブロガーの成長の記録だと 言われても、成長しないブロガーもおりますし 写真を撮ってブログにする、それを自分の趣味だと思って・・・・ 皆様 これからもよろしくお願いします。 次回の旅歩きは下のようなスタイルでやってみたいのですが!
NHKテレビならば、記念特集だとか総集編の扱いになるところですが、
還暦小僧の場合は、ようやくというのか気がつけば「ブログ1000回」目です。 そのような次第ですから、平素のまんまあるがままの投稿です。 丸4年ぶりにナコンパトムに出かけてきました。 バスセンターからナコンパトムまでは、近距離バスを利用します。 乗り場も降車場も様子が変わっていません。 田舎のよさはこれなんですね。変わらない風景があるのです。 街を歩いて、まず気がつきましたのは、喫茶店がある! この街は古い町ですから、旧市街は小さな区割りの店ばかりです。 昔ながらの商いの街ですから、お茶で一息入れるような場所がなかったのです。 暮らし向きが向上したのか生活習慣が変わったのか、ちらほらと喫茶店があります。 旧市街のはずれ近くで、民家を改装したような店を見つけました。 正面入り口から裏庭へ吹きぬける風を楽しんで1時間ほど、キッタンドゥワイ(勘定) の時に店の看板娘(一人だけですが・・・)が声をかけてきました。 看板娘 『 観光ですか 』 小僧 『 遊びに来ました。チェディー(仏塔)がすきなんです。』 看板娘 『 どこに住んでいるんですか 』 小僧 『 バンコクのバンナー地区なんです・・・・ 』 看板娘 『 ・・・・・ 』 そして、親切な看板娘が街を案内してくれることになって・・・・、 NHKではそうなるのですが、このブログではお勘定を済ませてオワリ! こちとらプロヂューサーもカメラも出演者も一人でこなすんですから・・・、 とはいえ、カメラを持って宛てなく歩くだけなので・・・・。 案内してくれる人も居ないままに、とことこ歩けば棒にあたりました。 バンコクでも同じなんですが、年寄りを見かけるのはまれです(自分は別として)。 年寄りといいますのは、60歳のカシアン(定年)以降の人たちです。 タイに住んで感じるのは若者が多い、エネルギッシュな感じがする、新興国とは よく言ったものです。さすが、ナコンパトムでは外人を見かけることは少ないのですが、 それでも老人を探すよりは外人を探すほうが率はよさそうです。 日本に戻ると、人口の25%は65歳以上だとか。 この彼我の差、人口構成の違いといってしまえばそれだけのことですが、・・・・・ 政治や経済の課題で外交を語るよりも、小学校の門前楽市を眺めれば 日本はアジアの中で共存共栄を模索するしかないことが自明です 日本人の将来を考えると、アジア協栄地域を日本自らも進んで構築する 立場にいませんと、老人大国がお墓大国になってしまったり。。。 少なくとも、こんなに大勢の子供たちを生み育てることができる日本になるには 50年単位の仕事ではないでしょうか。 てなことを感じ、考えて歩いておりますと、またまた棒に・・。 バイクの家族4人乗りもヨーシ! 路上の二重駐車もヨーシ! 歩道ではなく補道であるのもヨーシ! アライ・コ・ダーイ (なんでもいいよ!) 前編終了
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